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 森林の水質保全機能,生態系保護機能の重要性を謳ったものとして,『森は海の恋人』,『森が消えれば海も死ぬ』という言葉があり,NPOが中心となった山地での植林事業をはじめとする環境保全活動が全国的な展開をみせています.

 森林からは微生物の栄養となる有機物やミネラルが流出して,それが下流の生態系の保全に貢献しているようですが,森林から海までの物質流出機構や,洪水や渇水で生じる物質流出量の時間的変化が生態系に与える影響など,具体的なことはほとんど分かっていません.しかもその議論のために必要な科学的資料も十分に蓄積されているとはいえません

 さて豊かな恵みをもたらす上流域の森林を整備しても,中・下流域の農地や街からの汚水物質を川に流出させていては何も変わりません.森の保全・整備は大切ですが,環境悪化のメカニズムを考えれば私たちの社会基盤の整備も重要です.そしてこれら2つを連携して行うためには,流域の水や物質の循環機構を明らかにする必要があります.つまり私たちが森林の水質保全機能の恩恵を受けるには,以下の3つの事柄を「連携」して行わなければなりません

 (1)森林を含む流域全体の環境容量評価
 (2)環境に余分な負荷をかけない
社会基盤整備
 (3)森林を含む流域全体の
自然環境の再生と保全

 これらを連携させることによって初めて具体的な数値目標の設定と効率的な事業(点から線,線から面の事業)展開が可能になります.そのためには現状評価と将来予測が可能な流域全体の水や物質の流出機構をシミュレーションモデルが必要です.このシミュレーションモデルは環境保全問題と私たちの生活や安全と直結する各種の土地開発事業や防災事業との調整も可能とし,安全で豊かで生物にやさしい”高度な”流域づくりに繋がります.

 環境水文研究室では,これまでに森林流域での雨水や物質の流出シミュレーションモデルの開発研究に取り組んで実績をあげてきました.これを流域全体にまで応用した「森-川-海の物質流出機構の解明と評価」に関する研究を企画し,調査手法やシミュレーションモデルの構造の検証を行うパイロット流域として,香川県東かがわ市の東部を流れる二級河川馬宿(うまやど)川※1を選び,水文・水質に関する調査・観測と基礎的な解析研究を行います. 

写真1 山地の湧水(東かがわ市千足)

 

写真2 沿岸での漁業(東かがわ市引田沖)

 

図1 流域(森-川-海)づくり

 


 

 

プロジェクトUの目的は次の通りです.

目的

 私たち人間が地球の物質循環・生態系の中で,持続ある発展を続ける方策を考えるために必要となる環境情報の蓄積とツール開発に関わる諸研究の一部として,森林から沿岸までの物質流出機構に関する知見の集積と流域の環境容量を評価する手法の開発に関わる研究を行う.

 

プロジェクトUは,現在4つの調査研究で構成されています.

(a)樹木が降雨水質に及ぼす影響に関する調査と水質変化モデルの構築

    「大気」-「植生」間の物質動態に関する調査研究

(b)針広混合林における渓流水質形成機構に関する調査研究

    「土壌」-「渓流」間の物質動態に関する調査研究

(c)物質流出シミュレーションモデル(分布型物質流出モデル)の開発に必要な基礎調査

    「渓流」-「河口」まで流域内の様々な土地利用形態(田畑,宅地,森林)が物質動態に与える影響に関する調査研究

(d)沿岸における物質拡散と蓄積に関する調査研究※2

    「河口」-「沿岸」にかけての海水,底質に含まれる栄養塩類の調査研究

 

2005年の計画は次の通りです.

計画

【基本方針】

2005年は水文水質資料の蓄積を行い,流域の水質・物質流出機構の概要を把握し,次年度以降の調査観測の基礎資料とします.

(1)

週に1〜2回の渓流水・河川水の水質定期観測と1雨毎の降雨水質(林外雨,広葉樹林樹冠通過雨,針葉樹林樹冠通過雨)の観測を行います.

(2)

渓流から沿岸まで,沿岸環境に大きなインパクトとなる出水時の観測を行います.

(3)

針葉樹林と広葉樹林で土壌に含まれる物質量調査を季節毎に行います.

(4)

気象・水文観測資料と合わせて,流域内の基本的な物質流出機構について空間的・時間的に把握します.

(5)

これまで開発してきた森林流域での物質流出機構を評価するシミュレーションモデル(物質流出タンクモデル)にデータを適用して,これまで研究してきた他の流域と比較し,特徴を明らかにします.


 

 

【参考】流域概要図 (PDF,167KB)

理由1(流域条件) 森と海が接近していて,田畑,街もあって,しかも手頃な大きさ...こんな贅沢な要求に適うのが香川県東かがわ市の東部を流れる馬宿川です.流域面積21.6km2,流路延長8.6kmの2級河川で,車で移動すると流域内を1時間程度で観測することができます.この流域は森林面積が9割を占め,山地森林と沿岸が接近しています.森から海までの物質流出機構に関する基礎調査に適した流域規模と条件です.

 

理由2(気象水文データの入手性) 物質流出機構を明らかにするには,気象・水文データが必要不可欠です...馬宿川には香川県の千足ダム(多目的ダム)と付随施設,気象庁のアメダス引田観測所があり,気温,湿度,降水量,流入量,放流量,河川水位(流量)などを観測しています.これらのデータを利用することで物質流出機構の詳細な検討が可能です.※1 

 

理由3(アクセス性) 水文・気象データは自動観測が容易ですが,水質観測はそうはいかず人手による他ありません...流域までのアクセスも重要事項です.本流域は大学から車で40分の位置にあります.また所属教員の自宅からは車で10分程度で,現地観測を密に継続的に行うことが可能です.

 

理由4(森林整備事業と水産業) 条件の異なる複数の林地で観測結果を比較すると,森林からの物質流出機構の評価が容易になります...流域には古くからのヒノキ林や,平成4年〜14年にかけて植栽されたヒノキ林,平成8年に植栽されたヤマザクラ,コナラ,ケヤキなどからなる広葉樹林があり,それぞれから渓流が流れ出ていますので,観測を継続してゆけば樹種・樹齢の違いが渓流水質形成機構に与える影響について研究することができます.また沖合では海苔やハマチの養殖などが盛ん(香川県の海面漁業・養殖業生産額の1/3を占める)で,水産資料を利用することも可能です.将来的に研究成果を活かすことができます.

 

理由5(地域環境問題) 千足ダム直下流や荒倉川,馬宿川上流では,初夏にゲンジボタルを楽しむことができます.一方で引田湾沖では赤潮が頻繁に発生し,地域の悩みとなっています.自然環境の保全や回復に研究成果を活かすことができます. 

写真3 西谷川(渓流)

 

写真4 万代橋付近

 

写真5 大川橋付近(河口)


 

※1

馬宿川での研究は,香川県河川砂防課ならびにみどり整備課のご協力をいただいております.

※2

『森-川-海の物質流出機構の解明と評価』では,香川大学工学部安全システム建設工学科末永研究室山中研究室との共同研究を含みます.

『森-川-海の物質流出機構の解明と評価』では,河川環境管理財団の河川整備基金の助成(代表者:端野道夫,助成番号:17-1241-6号,事業名:「『森-川-海』雨水・栄養塩類流出モデルの構築と流出負荷量の算定に関する調査研究」H17〜H18予定)を受けています.

このプロジェクトに関するお問い合わせは,こちらまで.

  


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